競馬の名言をカテゴリ別に紹介!予想に役立つ名言も

競馬の名言をカテゴリ別に紹介!予想に役立つ名言も

競馬は本場イギリスでは16世紀には既に競技として親しまれており、日本においても記録に残っている最古のものとしては、江戸時代末期に横浜にあった外国人居留地においてイギリスと同じような洋式競馬が初めて開催されました。

つまり日本国内でも競馬は軽く150年以上の歴史を有する事になります。
現在に至るまで数多くの名馬が誕生し、その名馬同士による後世にまで語り継がれるような名レースが繰り広げられてきました。

回収率が高い競馬予想サイト
3月10日(日)フィリーズレビュー[G2]

2月25日中山11R「Team赤兎馬[重賞専用]」プランで4,800円 →1,084,100円(225.8倍)の払い戻し!
今なら無料登録で3月10日(日)フィリーズレビュー[G2]の買い目がみれる!

無料でフィリーズレビューの予想をみる

長い競馬の歴史には数々の名言が誕生している

長い競馬の歴史には数々の名言が誕生している

日本国内の公営競技で最もファンが多いのは間違いなく競馬でしょう。
競馬には「血統」という他の公営競技にはない概念があります。

父から子、子から孫へと脈々と受け継がれた血統によって先祖が成し遂げる事が出来なかった偉業を達成したり、先祖があと一歩のところで届かなかった栄光を手にしたりと、血統を絡めて競馬を見ていくとドラマ性が非常に高い事に気づきます。

血統の歴史は時に小説でも描けないような奇跡を演出する事があり、それを見たファンは熱狂し、ただのギャンブルには留まらない感動を競馬で体験するのです。

そういった場面に立ち会ったさまざまな人たちが後世に残るような名言を数多く残しています。
そこで、競馬に関する名言を、以下4つのカテゴリに分け、それぞれ紹介していきます。

・偉人たちが残した名言
・騎手たちが残した名言
・レースを実況していたアナウンサーの名言
・予想に役立つ名言

ただしここで紹介するのは数多くある名言のほんの一部分に過ぎません。
興味を持ったのであれば色々と調べてみてください。

偉人たちが残した競馬に関する名言

偉人たちが残した競馬に関する名言

歴史に名を残す偉人たちも競馬という競技に魅せられて名言を残しています。
ここでは特によく知られている3つの名言を紹介します。
名言を読み解く事で偉人たちが競馬に対してどのような感銘を受けたのかが分かるのではないでしょうか。

ウィンストン・チャーチル

ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になることより難しい

ウィンストン・チャーチルと、フルネームで書くと誰のことか分からないかも知れませんが、イギリスの「チャーチル首相」と書けば、歴史の授業で必ず習うので何となく顔を思い浮かべる事が出来るのではないでしょうか。

チャーチルは第二次世界大戦中にイギリスの首相となり、ナチスドイツと真っ向から戦ってこれを撃破、1953年にはノーベル文学賞を受賞するなどさまざまな方面でその才能を発揮、その功績は未だに評価が高く、本国イギリスでは最も偉大な英国人と言われているほどです。

そんなチャーチルは競馬にも造詣があり、競走馬を所有する馬主でもありました。
しかし、人臣の頂点に立つ事が出来たチャーチルでさえ、ダービーのオーナーになる事は叶いませんでした。

一国をまとめる人物になる事はもちろん大変ではありますが、多くの人の支持を集めさえすれば着実にその道へと近づく事ができます。
しかし、ダービーのオーナーになるための方法というものはありません。

確かにそういう意味では一国の宰相になるよりもダービーオーナーになる事の方が遥かに難しいでしょう。
実際に首相になったチャーチルが言うからこそ、この名言は非常に重みがあるものとなっています。

アーネスト・ヘミングウェイ

競馬は人生の縮図であり、これほど内容の詰まった小説はほかにはない

ヘミングウェイは「老人と海」「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」といった代表作が有名な文学者で、国語の文学史などでは必ず名前が上がる人物のひとりです。

ヘミングウェイは今でこそ偉大な文学者として有名ですが、若い頃は全く売れずに貧乏な生活を送っていました。
しかしそんな状況であっても彼は毎日のように競馬場に通い、なけなしのお金を注ぎ込んでいたそうです。

確かに競馬場に行くと娯楽として楽しんでいる人もいれば、ある人は運試しのような買い方をしていたり、更に別の人は自分の生活や人生を賭けた大勝負をしていたりもします。

このような悲喜こもごもの人間模様を垣間見れる競馬という競技に対して、「人生の縮図を見ることができる」という感想を持っても不思議ではありません。

菊池寛

人にきいて取りたる二百円は、自分の鑑定にて取りたる五十円にも劣るべし

菊池寛は小説家、文芸家、ジャーナリストなど物書きといった一面を持つ一方で、文藝春秋を立ち上げた実業家としての顔も持っていました。

また、「日本競馬読本」という競馬初心者に向けた本を執筆するなど、競馬に関する知識は素人の域を大きく凌駕しており、競走馬を所有する馬主としても名を馳せていました。

上の名言は競馬の馬券に関して語った一言で、他人に教えてもらって的中させた200円など、自分で予想して的中させた50円と比べれば何の価値もないという意味です。
競馬への造詣が深い菊池寛だからこそ言える、正に勝負師の考えとも言える一言です。

騎手たちが残した名言

騎手たちが残した名言

競走馬に騎乗している騎手は、競馬という競技にはなくてはならない人たちであり、彼らは文字通り人生を賭けて競馬と向き合っています。

そんな彼らにとって競走馬はただの相棒以上の存在になる事があります。
持てる力の全てを注いでいるからこそ、騎手達の名言はどれも胸を打つものばかりです。

武豊

「勝利の方程式をつかんだ?道を究めた?そんなこと、思ったこともない。
デビュー以来3500勝したけれど、出走回数は1万7000回以上。
勝率にしたら2割に満たない。負けた数のほうがはるかに多い

武豊騎手は現役で活躍している騎手の中で、いや歴史上存在しているこれまでの中央競馬の騎手の中で最も有名であり、偉大な騎手と断言して異論を唱える人は居ないのではないでしょうか。
2023年時点で勝ち星の数は4,000勝を超えていて、2位以下を大きく突き放しています。

そんな武豊騎手を持ってしても、競馬で勝つための手段は未だに見出せていないという事がこの名言からは痛いほど伝わってきます。
レジェンドと呼ばれている騎手を持ってしても競馬という競技は予測不可能であり、決して手を抜いて勝てるような世界ではないのです。

和田竜二

オペラオーにはたくさんの物を貰ったが、あの馬には何も返せなかった。
これからは一流の騎手になって、オペラオーに認められるようになりたい。

和田竜二騎手はデビュー2年目にして「世紀末覇者」と異名をつけられる事となる稀代の名馬、テイエムオペラオーの主戦騎手となり、年間G1での5勝を含む8戦全勝という前人未到の大記録を打ち立てました。

この結果は和田竜二騎手の技術あってこそだとは思うのですが、当の和田騎手本人は全くそんな事は思っておらず、もらってばかりで何も与える事が出来なかったとコメントしています。

和田竜二騎手が心の底からオペラオーに感謝し、いつか恩返しをしたいと強くおもっていることが文章を見るだけでも伝わってきます。
しかしそれ以降勝ち星は着実に重ねるものの、G1レースに勝利することはできませんでした。

そして2018年5月、G1勝利の報告ができないまま、テイエムオペラオーはこの世を去ってしまいます。
ところがその翌月開催された「宝塚記念」において和田騎手はミッキーロケットに騎乗し、このレースを見事に勝利します。

ファンの間ではオペラオーが背中を押してくれたと言われるようなレース結果であり、和田騎手自身も「オペラオーが背中を押してくれた。やっと胸を張って報告できる」と涙ながらにインタビューで答えていました。

池添謙一

僕はオルフェーヴルが世界で一番強い馬だと思っています

オルフェーヴルはクラシック3冠を制したほか、有馬記念連覇などG1レースを7勝し、さらに凱旋門賞でも2年連続2着に入着するなど、突出した強さを発揮した競走馬でした。

凱旋門賞2年連続2着はあのディープインパクトすら成しえなかったことであり、中距離に限定すれば日本競馬界史上最強の1頭ではないかという意見も多いです。

池添謙一騎手はオルフェーヴルのデビュー戦から騎乗し、引退までずっと主戦騎手としてともに歩んできましたが、唯一凱旋門賞だけは2度とも騎乗することができませんでした。

オルフェーヴルの事を一番わかっているのは自分だという自負があったことは間違いないでしょうから、オルフェーヴルが2着に甘んじてしまったことを非常に歯がゆい思いで見ていたのではないでしょうか。

この名言は引退レースとなった有馬記念の8馬身差で圧勝したのちの勝利ジョッキーインタビューでの一言です。
この一言には池添騎手の「自分が乗っていたら凱旋門賞を勝てた」という思いが込められていることは間違いないでしょう。

福永祐一

一番いて欲しくない馬が前にいましたね

これは2000年の高松宮記念レース終了後の福永祐一騎手のコメントです。
福永祐一騎手は父親が「天才」と呼ばれた福永洋一元騎手だったことから、デビュー直後より注目されていました。
そんな福永騎手がデビュー2年目に騎乗することになった競走馬の1頭がキングヘイローです。

そんなキングヘイローでデビュー2年目にして重賞レースを制覇するなど結果を出し、周りの期待に応える結果をはじめは出してはいたものの、それ以降のクラシックレースや有馬記念といったG1レースではまったく良いところが出せず、4歳(当時は数え歳なので5歳)になると柴田善臣騎手へと乗り替わりになってしまいました。

そして時は経ち6歳となったキングヘイローは高松宮記念に鞍上柴田騎手で騎乗、このレースには福永騎手もディヴァインライトで出走していました。

レースでは最終直線に入ってからキングヘイロー、ディヴァインライトともに前へ進出、大外から一気に全ての馬をごぼう抜きしてキングヘイローが勝利しました。

この時、2着だった馬は福永騎手が騎乗していた「ディヴァインライト」だったのです。
この名言は福永騎手のかつて騎乗し、苦楽を共にしてきたキングヘイローを祝福したい気持ちと、悔しい気持ちとが混在している複雑な気持ちを上手く表現した一言だといえるでしょう。

中野渡清一

日本ダービーに出させてほしい。枠順は大外でいい。他の馬の邪魔は一切しない。賞金もいらない。
この馬の能力を確かめるだけでいい。

「日本競馬界で史上最強の馬はどの馬か」といった話題になった時に必ずと言ってよいほど名前が挙がる競走馬の1頭に「マルゼンスキー」という競走馬がいます。

マルゼンスキーは「スーパーカー」という異名を持っており、8戦全勝だっただけではなく、ほとんどのレースを5馬身以上の大差をつけて勝利、当時はマルゼンスキーがあまりに剛義たため、マルゼンスキーが出走するレースでは出場を辞退する競走馬が続出、その証拠にマルゼンスキーが出走したレースすべてが10頭立て以下となっています。

このエピソードからもマルゼンスキーがいかに傑出した強さを誇っていたかわかるでしょう。
ところがマルゼンスキーは「外国産馬」でした。

今でこそ外国産馬であってもほぼすべてのレースに出走できるようになりましたが、当時は外国産馬というだけで出走できるレースはかなり制限されており、3歳馬最大の目標である「クラシックレース」には一切出場することができませんでした。
この名言は、そんな境遇に対して主戦騎手であった中野渡騎手が語った一言です。

レース実況中の名言

レース実況中の名言

名レースはレースそのものの白熱した展開はさることながら、それを彩る実況者の名実況によって更に輝き、感動や興奮が何倍にも増幅します。

本項目では特に有名な4つのレースの名実況を紹介しますが、名レースの名実況というのは競馬ファンの数だけあるので、自分の中での名レースというのを探してみるのも競馬の楽しみ方のひとつです。

現在ではYouTubeで簡単に過去のレースを視聴することができるので、観たいレースを好きなだけ無料で見ることができる時代になりました。

1977年有馬記念

中山の直線を!中山の直線を流星が走りました!テンポイントです!

このレースは日本競馬史上最高のレースとして必ず名前に挙がる名レース中の名レースで、この時代を代表する3頭、テンポイント」「トウショウボーイ」「グリーングラス」の3頭が唯一直接対決したレースでした。

テンポイントは高い能力を持った競走馬ではありましたが、これまでの直接対決ではすべてトウショウボーイに敗北しており、このレースそのものの勝ち負け以上に「トウショウボーイには負けられない」といった気持ちのほうが陣営には強く、それがレースにも反映したのか、スタート直後からテンポイントは先頭に立ちます。

迎え撃つトウショウボーイも他の競走馬には目もくれず、テンポイントに勝つことだけを念頭に置いていたのか、テンポイントを追走、レースは終始この2頭のマッチレースという、信じられないような展開となりました。

最終コーナーではグリーングラスが猛追して2頭に迫るものの、最後はテンポイントがトウショウボーイを凌ぎ切ってついに先着、有馬記念を制したのでした。

1990年有馬記念

オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!右手を挙げた武豊!オグリ1着!オグリ1着!
見事に引退レース、引退の花道を飾りました! スーパーホースです!オグリキャップです!

このレースは名レースである事はもちろんの事、「日本競馬史上最も感動するレース」としても非常に有名です。
競馬をほとんど知らない人もオグリキャップという競走馬の名前は知っている事でしょう。

2023年も競馬ブームとなっていますが、1980年代後半の競馬ブームは今のブームを遥かに凌駕するもので、その立役者こそがオグリキャップでした。

しかし1990年は加熱するマスコミの報道に多大なストレスを感じている状態で、全盛期の勢いをすっかり失っており、引退レースの有馬記念も4番人気ではあるものの、ほとんどの人が勝つとは思っておらず、引退レースの記念馬券を持っておくという理由での人気だったのです。

しかしオグリキャップはそんな前評判を覆す感動のレースを見せ、復活勝利で有終の美を飾ります。
その頑張りに、実況のアナウンサーも最後は涙ぐんだ声になっているのがとても印象的です。

1993年有馬記念

トウカイテイオー来たっ!トウカイテイオーが来たっ!トウカイテイオーが来た!
ビワハヤヒデとトウカイテイオー! ダービー馬の意地を見せるか!
トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!トウカイテイオ〜!奇跡の復活~!!

このレースも感動するレースとして真っ先に名前が挙がるレースとなっています。
優勝したのはトウカイテイオーで、実はこの勝利は前走から1年以上間隔が空いての勝利でした。

トウカイテイオーは「皇帝」と呼ばれたシンボリルドルフの産駒で、皐月賞と日本ダービーを無敗で制覇、父子の無敗3冠を確実視されていたのですが、菊花賞の前に骨折が発覚、出走できないままその夢は絶たれてしまいます。

それ以降も度々骨折に悩まされており、引退レースとなった有馬記念では奇しくも先ほどのオグリキャップと同じく4番人気となっていて、多くのファンがとにかく完走してくれればといった思いでレースを見守っていた事でしょう。

しかしトウカイテイオーは奇跡の走りを見せ、見事に復活勝利を果たしたのです。
実はこのレースは引退レースではなく、翌年も出走する予定ではありましたが、再び骨折が発覚し、そのまま引退する事となりました。

2013年有馬記念

これが、オルフェーヴルだ〜!なんという強さ!これが引退レースだなんて、信じられない!!

オグリキャップ、トウカイテイオーと感動的な復活勝利の実況を紹介しましたが、次に紹介するのはあまりにも鮮やか過ぎる圧勝劇であり、引退レースとはとても思えないような走りを見せたオルフェーヴルに対しての名実況です。

このレースの前にオルフェーヴルは凱旋門賞に出走、惜しくも2着という結果でした。
実はこの時のオルフェーヴルは凱旋門帰りの疲れが残っているという事もあり、目一杯の調教はしていませんでした。

仕上がりで言えば凱旋門賞を100とすると80パーセントくらいだったそうですが、その状態で2位に8馬身差という異次元の走りを見せるわけですから、他の競走馬とは別物の能力を有していた事が伺えます。

2022年日本ダービー

ドウデュースだ!ドウデュースだ!武豊の思いがドウデュースに伝わった〜!ドウデュース逆襲の末脚!

2022年日本ダービーを制したのは、武豊鞍上のドウデュースでした。
ドウデュースは前走皐月賞で後方からの末脚を炸裂させるものの、福永祐一騎乗のジオグリフが会心の走りを見せ、更にはイクイノックスにも届かず3着に敗れています。

日本ダービーでも同じく後方からの競馬となりましたが、武豊騎手が同じ過ちを犯す事はありませんでした。
最終直線で大外に持ち出すと、そこから凄まじい切れ味の末脚を披露、前の馬群をみるみる飲み込んでいきます。

同じタイミングで飛び出したイクイノックスと激しい争いを繰り広げましたが、最後はドウデュースが先着、この勝利で武豊騎手は昭和・平成・令和と3世代にまたがって日本ダービーを勝利する事となりました。

この感動的な幕切れに会場では何処からともなく「ユタカコール」が巻き起こり、2022年で屈指の名レースとなったのです。

予想に役立つ名言集

予想に役立つ名言集

競馬はレースが始まってみなければ分からないため、100パーセント当たる予想を確立する事はできません。
しかし、長い競馬の歴史においては予想に役立つ格言めいた名言のようなものが沢山あります。本項目では予想に役立つ名言の中のほんの一部を紹介します。

発走前に勝負の5割は決まる

レースが始まる前に勝敗が決まっていることが多いといった意味の名言です。
競馬においては競走馬が出走前に万全の状態に仕上がっているかどうかで活躍できるかどうかがほぼ決定します。

一般的には「体重が10キロ以上増減している」「発汗が多い」「落ち着きがない」といった状況の場合、その馬の状態はあまり良くないと判断されます。

発送前の馬の状態があまり良くないと判断したのであれば、買い目を再検討したり、レースそのものに参加することをあきらめる、といった対処をしましょう。

長距離の逃げ馬・短距離の差し馬

これは穴馬を狙う際に参考になる名言です。
長距離で穴馬を狙うならば逃げ馬、短距離で穴馬を狙うならば差し馬を買うようにしよう、といった内容になっています。

長距離の場合、各馬はスタミナを温存するため逃げ馬がいても競り合おうとはしません。
すると自分のペースで逃げている逃げ馬といつの間にか追い付かないほどの差が出来てしまい、人気薄の逃げ馬がそのまま押し切ってしまうといったケースがあります。

一方短距離では先行や逃げ馬が激しい順位争いをすることが多く、その結果スタミナをロスしてしまうため最終直線では全力で走ることができなくなってしまうことが多いです。
そのような展開になれば差し馬にとって有利な展開となります。

2強相手は両雄並び立たず

2強対決の場合、ついついその2頭を軸に馬券を組み立ててしまいがちですが、2強対決で2頭とも3着以内に入るだろうといった考えは危険であるという意味を込めた名言です。

2強対決の場合、勝つためには多少のリスクを冒さなければなりません。
一か八かの勝負に出て上手くいけばそのまま1着になれますが、失敗した場合は2着で粘るといったことは少なく、ノーマークの馬に先着されることの方が多いのです。

したがって、2強対決の馬券は、負ける側はあえて買い目に含めないという大胆な決断が功を奏するときもあります。

夏は牝馬・牝馬は格よりも勢い

有力馬は秋に向けて夏は放牧されるため、夏競馬はどちらかといえば実力が一線級の馬たちと比べて劣るということもあって予想が非常に難しいです。
そんな夏競馬では、牡馬よりも牝馬のほうが活躍すると昔から言われています。

夏競馬は起伏がなく平坦なコースでのレースが多いため、パワー型の牡馬よりもスピード型の牝馬が活躍しやすいです。
そして、牝馬は発情などによって突然調子が変化するので、それまでの実績よりも現時点で勢いがあると判断できる牝馬の方が良い結果を残しやすいといわれています。

長距離は騎手で買え

競馬はさまざまな距離でレースが実施されますが、中でも長距離は騎手の実力が如実に表れるレースとなっています。
長距離を走り切るには一定のペースを保つ必要がありますが、経験があまりない騎手だと競走馬を冷静に走らせることができません。

長距離レースで穴馬を購入するのであれば、騎乗している騎手の実績で購入するかどうかを判断するとよいでしょう。

最終レースは買ってはいけない

競馬のメインレースは第11レースで、重賞レースはごく一部を除いて全て第11レースで実施されます。
競馬ファンのほとんどが11レースに全力を注ぐため、その次のレースである最終レースを本気で予想しているという人はほとんどいません。

最終レースを購入する人というのは、「メインレースで負けた分を取り返したい人」か「メインレースが当たったから、その配当金で更に儲けようとしている人」のどちらかですが、いずれにせよこのケースの場合、まともに予想している人は皆無です。
元々購入する計画を立てていないのであれば、最終レースの馬券は購入しないほうが賢明でしょう。

これからも数多くの名言が誕生する瞬間に立ち会えるのが競馬の醍醐味のひとつ

これからも数多くの名言が誕生する瞬間に立ち会えるのが競馬の醍醐味のひとつ

競馬のレースを見ていて、1年間ずっと名レースと呼べるようなレースが出ないということはまずありません。
圧倒的に強い馬の戦慄を覚えるような走りだったり、ライバル同士の火花散らすようなマッチレースだったり、血統のドラマが絡んだ悲願達成など、100レースあれば100レース分の感動が味わえます。

そして、そのような感動するレースには騎乗していた騎手やレースを実況するアナウンサーの名言が生まれ、そのレースの感動を彩ります。
これからも競馬が続く限り、後世に語り継がれるような名言誕生の瞬間に立ち会えることでしょう。

回収率が高い競馬予想サイト
3月10日(日)フィリーズレビュー[G2]

2月25日中山11R「Team赤兎馬[重賞専用]」プランで4,800円 →1,084,100円(225.8倍)の払い戻し!
今なら無料登録で3月10日(日)フィリーズレビュー[G2]の買い目がみれる!

無料でフィリーズレビューの予想をみる

まとめ

ここまで競馬に関するさまざまな名言を紹介しました。
数多くの名言のなかにはその人の人生観が垣間見れるものだったり、全力で競馬と向き合っている人だからこそ出てくる言葉だったりと、人間的魅力に溢れるような言葉たちばかりです。

そして、長い歴史のなかで多くの先人たちが生み出してきた「格言」めいた名言もたくさんあります。
ここに紹介したのは無数にある名言のなかのほんの一部に過ぎません。

偉人の競馬に関する名言も、騎手の競馬に関する名言も、名レースの名実況も、予想に役立つ名言も、調べればすぐにここに出てこないような名言を見つけることができるでしょう。
名言を知れば知るほど競馬という競技の奥深さと魅力を知り、もっと好きになることは間違いありません。