競馬は鞭の回数が決まっているが変更も多い!日本と海外の差も解説
「鞭って 1レースで何回まで使っていいの?」
「鞭を使い過ぎるのは反則扱いで制裁があるって聞いたけどホント?」
「日本と海外で鞭の使用可能回数に差はあるの?」
このページを訪れたあなたは、以上のような疑問を持っているのではないでしょうか。
そこで今回は、競馬で騎手が馬に対して鞭を使える回数や、日本と海外の違いから鞭の使いすぎによる制裁まで解説していきます。
競馬では鞭の使用可能回数が定められている
競馬のレースで最後の追い込みとして、騎手が馬に鞭を振るうのは見慣れた光景ですが、鞭の使用回数には制限が設けられていることは意外と知られていません。
日本と海外でルールに差があることや、制限が時代に合わせて何度か変更されていることも、鞭の使用回数制限について語るうえでは欠かせないポイントでしょう。
ここでは、鞭の使用回数にどんな制限があってどのように変化してきたのか、そして日本と海外では何が違うのかを見ていきます。
制限されているのは 1レースでの累計使用回数ではない
よく勘違いされがちなのですが、日本の競馬では鞭の使用回数が 1レースにつき何回と決まっているわけではありません。
日本で鞭の使用過多による制裁が発生するのは、連続で 11回以上の使用があった時だけなのです。
連続でさえなければ鞭の使用制限は無く、実際に 2016年の小倉記念では和田竜二騎手が中盤から早くも鞭を振るい、1レースで計 30発を数えようかというほど鞭を使用しましたが、連続では無かったため反則になっていません。
ここでいう連続使用とは、鞭を振るってから 2完歩する前に再度鞭を振るうことであり、2完歩の間だけ鞭を使用しなければ、連続ではなくなるため回数は数えなおしです。
つまり、レース全体で見れば鞭を使える回数は制限されていないことになります。
日本と海外では鞭の使用制限に大きな差がある
日本の競馬では、鞭の連続使用回数は 10回までとされているのに対し、海外に目を向けると実に様々なルールが存在します。
2017年のパリ会議で配布された資料によれば、フランスは鞭の使用回数が 5回でイギリスは 7回など、一見して日本に近いルールとなっている国は多いのですが、海外は 1レース全体の使用回数だけを制限している国が殆どです。
つまりフランスの場合、連続使用だろうが分けて使用していようが、1レース全体で 5回までしか鞭を振るえないということになっています。
一方でイタリアやチェコスロバキアなど、競馬での鞭使用に全く制限の無い国があったり、ノルウェーやハンガリーのようにそもそも使用禁止という国もあったり、世界各国で鞭の使用制限には大きな差があるのです。
競馬だと、レースによっては世界中から馬と騎手を集めて開催されるものもあるため、国によるルールの違いは騎手にとってかなりの関心事だと言えます。
そのためか、世界的なレースが行われる前には開催数日前から告知を行い、ブリーフィングでも説明したうえで控室にも注意喚起の張り紙をするなど、徹底してルールの周知を行っているようです。
鞭の使用回数は意外にも頻繁に変化している
競馬でレース中に鞭を使用できる回数は、世界的に見てかなり頻繁に変化しています。
日本での制限が現在のような連続使用 10回までというスタイルになったのも、2013年末に通達されたものであることが、武豊騎手の公式サイトでコラムとして語られています。
海外に目を向けると、先ほども名前の挙がったフランスは、元々 1レースで鞭を使える回数は 12回までと定められていたのです。
それが 2005年には 8回、2017年には 6回、2019年3月からは 5回とかなりのハイペースで厳しくなっています。
他の国を見ても特に 2000年以降、競馬における鞭の使用回数制限がどんどん変わっているようです。
これに大きく関わっているのが、次に説明する動物愛護の動きだと言われています。
近年加速する動物愛護の観点から鞭の使用回数を抑える動き
世界的に鞭の使用回数が変更となっている大きな理由として、近年より叫ばれるようになった動物愛護への同調が挙げられます。
お国柄として動物愛護の意識が強いイギリスでは、鞭の使用回数だけでなく用法や連打などについても、厳しい制限が設けられているほどです。
競馬業界は動物愛護団体から批判を受けるどころか、訴訟まで起こされることも頻繁にあるためか、動物愛護団体に歩み寄る形で鞭の使用制限を厳しくする国も多くあります。
ただ、馬は人間より皮がかなり分厚いため、一般的に考えられているような痛みを感じていないのではないかとして、このような動物愛護団体の動きを批判する声も多いです。
しかし、実際に馬が感じている痛みは人間に一切わからないものなので、痛みという観点で動物愛護の議論を行うこと自体がズレているのではないかという意見もあり、非常に難しい問題だと言えます。
最終的にどのような着地点で議論が落ち着くのかは判断できませんが、まだまだ暫くはルール変更が世界中で行われそうですね。
騎手がストライキ覚悟でルールの見直しを求めた例も
イギリスでは、2011年10月10日付けで導入された鞭の使用回数に関するルールを、同年 10月21日に早くも見直した例があります。
新ルール導入のタイミングがチャンピオン・デイ前週で準備期間も短かったことや、たった 10日間で 21人もの違反選手を生む原因になり、騎手側がストライキも視野に入れて見直しを迫ったためです。
新ルールが嫌だからという理由で引退する騎手も出るほど非難が集まっていたため、僅か 11日でのスピード見直しとなりました。
このように、競馬では騎手からの要望でルールが変更されることもあるので、鞭の使用回数制限はとにかく変わりまくるのです。
鞭の使用回数を超えた場合に科される制裁について
競馬のレースで定められた鞭の使用回数制限を超えて鞭を使った場合、レース後に騎手へ制裁が科されることになります。
ここからは、競馬で鞭の使用回数制限に違反した場合の制裁について、その内容や問題点などを紹介していきます。
騎乗停止処分になる可能性があるほどペナルティが重い国も
鞭の使用回数制限に違反した場合の制裁も、国によってバラバラとなっています。
特に厳しいイギリスなどの国では、鞭を制限より 1回でも多く振るった瞬間に騎乗停止処分が確定するほどの厳しさです。
2020年2月29日にサウジアラビアで開催された G1レースのサウジカップでも、鞭の使用回数制限オーバーを理由に、マイク・スミス騎手が賞金の 6割にも及ぶ多額の罰金に加え、9日間の騎乗停止処分も科せられています。
多くの国では 1回目なら罰金で済むところですが、国によっては一発免停とでも言うべき処分が下される、重大な反則と見なされているのです。
日本でも制裁は行われるがルールとして明文化されていない
日本の競馬でも海外と同じように、鞭の使用過多による反則に対して制裁が科されることはありますが、最大でも過怠金 5万円と比較的緩めです。
一方で鞭の使用法、例えば馬がケガをするほど強く打つなどの違反については、それこそ動物愛護の観点から極めて厳しい制裁が科せられ、当然ながら騎乗停止処分も有り得ます。
しかし今、日本の競馬で最も問題視されているのは、鞭の使用回数制限に関するルールが実はどこにも書かれていないことにあります。
このような制限を取り入れたのが 2014年であるのに対し、騎手のルールブックである日本中央競馬会競馬施行規程が、2007年8月31日を最後に更新されていないことからも明らかです。
ルールとして明文化されていないので頭に入っていない騎手も多いのか、鞭に関する制裁対象としては使用過多が圧倒的に多くなっています。
2020年、鞭に関する制裁が発動された全 214回中、実に 205回が使用過多によるものだったとのことで、割合にすると 95% を超える数字です。
ハッキリしたものが公式に定まっていない状態では、騎手やファンから不平不満が出ることは明らかなので、JRA には一刻も早いルールの改定を期待したいところですね。
日本競馬特有の「油断騎乗を排除する方針」が制裁の枷に
競馬愛好家ファーストで運営されている日本競馬だからこそ、鞭の使用回数制限に引っ掛かってしまいやすいとも言われています。
日本競馬では、油断騎乗と呼ばれる「ゴール前で追う動作を緩める」行為が、鞭の使用過多とは比べ物にならないペナルティの対象なのです。
武豊騎手は、「騎手は馬の能力を全て発揮させなければならないというルールが存在する」とも自身のコラムにも書いていますし、ゴール前で鞭の使用回数制限を恐れている場合ではないということです。
これは、レースを見ている競馬愛好家が最後の最後まで楽しめるようにする配慮から来るものですが、この精神があるからこそルールとして鞭の使用回数制限を定められないのでは、と見る向きもあります。
「では、とりわけ鞭の使用回数に対するルールが厳しい欧米諸国は競馬愛好家を蔑ろにしているのか?」
という疑問も出るかもしれませんが、実はそうではありません。
欧米では鞭の使用回数制限についてジャッジをする際に、上位争いをしている騎手はある程度なら大目に見て、そうでない騎手は通常通り回数を厳しく見ていくというスタイルを取っているのです。
それはそれで、せっかくルールとして回数を細かく定めている意味が薄れる問題点もあるものの、柔軟に対応していくという点では是非 JRA にも見習ってもらいたいと感じます。
反則による制裁を覚悟で勝ちを狙いに行く騎手も
騎手の中には、制裁を覚悟のうえで故意に反則行為を行い、勝ちを追い求めに行くような人もいます。
具体的に言うと、最後の追い込みでどうしても後一歩が足りないというとき、反則になることを覚悟で回数を考えずに鞭を打ち続けるような行為です。
ルールのうえでは当然ながら悪ですし、JRA や他の騎手からすれば鼻つまみ者かもしれませんが、競馬愛好家からすると人気者になります。
反則の制裁を恐れず馬の勝ちを最優先に考える、勝ちやすい騎手としてマークされやすいからです。
また、多少の反則で順位を上げられそうなのであれば、勝ち数が最大のキャリアとなる騎手にとってもメリットがあると言えます。
競馬愛好家だけではなく騎手にもメリットがあるので、勝つために鞭の使用過多などの反則を厭わない騎手は意外と多いのです。
それを象徴していたのが、2005年にイギリスで行われたインターナショナルステークスでしょう。
このレースは 7頭立てという少頭数で争われたのですが、全ての馬が横一線に広がって 1位を争う大熱戦で、鞭の使用回数制限を完全に無視した “乱打戦” とでも言うべきレースになりました。
そして当然ながら、出場騎手には騎乗停止や過怠金の処分が相次ぎました。
真剣勝負の最中に鞭の使用回数を考えている暇があるのか
インターナショナルステークスの例でご理解いただけたかと思いますが、騎手は勝負師なので眼前の勝利に全力を傾けています。
騎手にとっては自身のキャリアも掛かっている大事な一戦で、勝つことに集中しなければならないのに鞭の回数へ気を配っている暇は無いでしょう。
だからこそ、2011年にイギリスで定められた新ルールは騎手から批判されたのだと考えられます。
当時の新ルールは 1レース全体における鞭の使用回数だけでなく、ゴール前の特定距離では別に設けられた制限もあるなど複雑なものでした。
ルールが複雑化すれば運用も難しくなり、納得しがたい制裁や誤審などのリスクが出ることを考えると、当時の騎手たちが一斉に猛反発したのも頷けます。
鞭の使用回数制限について議論はまだまだ続きそう
ここまで、競馬における鞭の使用回数について制限や制裁をメインに書いてきましたが、内容を簡単にまとめてみました。
・鞭の使用回数に制限が無い国や使用自体を禁止されている国がある
・21世紀だけで鞭の回数制限は頻繁に変更されている
・鞭の使用可能回数は動物愛護の観点や騎手の要望で変わることが多い
・鞭の使用過多による制裁は日本だと過怠金がメイン
・海外では鞭の使用過多だけで騎乗停止処分が下ることもある
・日本では鞭の使用回数が明確なルールとして書かれていない
・勝ちを求めて反則を厭わない騎手も多い
・日本では鞭の使用過多より油断騎乗によるペナルティを取られるほうが重い
鞭の使用回数制限という 1つのルールだけを取っても、極めて多くの関係者や思想が関わっていることを、ご理解いただけたのではないかと思います。
動物愛護・騎手のキャリア・競馬愛好家の楽しみ・国ごとの文化など、様々な要因が絡み合っていて結論が出ないため、変更も頻繁に行われますし国ごとによってルールが大きく違ってくるのです。
正直なところ、世界で鞭の使用回数に関するルールを統一することはおろか、1つの国で答えを出すことも非常に困難なことだと思いますし、今後 20年や 30年は議論が続きそうです。
あなたは競馬における鞭の使用回数について、どのような結論が出ることを期待していますか?