歴代騎手最強ランキングトップ5を解説!誰もが認める実力派ジョッキーとは?

歴代騎手最強ランキングトップ5を解説!誰もが認める実力派ジョッキーとは?

1980年代後半オグリキャップの活躍により第2次競馬ブームが到来し、JRAは多くの競馬ファンを獲得します。それまでの競馬はギャンブルであり馬券に絡む馬が主役でした。

しかしオグリキャップによる馬のストーリー性に加えて、天才騎手と言われた武豊騎手の出現により、当時は馬が主役だったレースの中で、改めてファンは騎手の重要性を認識し、現在では馬の実力だけでなく騎手の実力にも焦点が当てられる機会が増えてきています。

この記事では騎手の実力という点に焦点を当て、歴代最強と呼べる5人の騎手をランキング形式で紹介していきます。

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最強ランキング1位・若き天才武豊

武豊(引用元:https://www.jra.go.jp/school/jockey/world/int01.html)

ランキング1位は競馬ファンだけでなく日本国内で多くの人が知る、誰もが認める歴代最強の騎手の1人である武豊騎手です。
2022年も現役で日本ダービーを制するなど、「日本競馬会のレジェンド」としていまだに息の長い現役生活を続けています。

武豊騎手は現役時代は「ターフの魔術師」とも呼ばれた武邦彦氏の息子として、1987年に騎手デビューを果たすと、初年度は当時の最多新人勝利数58勝を大幅に上回る69勝を上げ、最多勝利新人騎手を受賞します。

そしてデビュー2年目となる1988年には、スーパークリークでの菊花賞制覇で初めてのGⅠタイトルを獲得することになります
この記録は現在でも破られていない史上最年少GⅠ勝利記録です。

菊花賞では最後の直線で外回りコースの内回り合流地点のラチが無い地点で、上手く内を突いた騎乗センスの高さが光る勝利であり、この勝利をキッカケに武豊騎手は、競馬関係者の間から天才として脚光を浴びることになります。

この年の武豊騎手は113勝を上げ、デビュー2年目ながらも異例の関西リーディングを獲得しますが、武豊騎手の活躍とオグリキャップのドラマ性により、以降ハイセイコーに次ぐ第2次競馬ブームが訪れることになります。

以降、日本を代表するトップ騎手として、武豊騎手はサイレンススズカやディープインパクトなど数多くの名馬に騎乗し、競馬界の数多くの記録を更新します。

2010年の落馬負傷による影響で、以降は従来と比較すると成績は大きく落ち込むことになりますが、それでもトップ騎手の1人として、現在まで勝率1割をキープし続けており、2010年以降もキズナ・スマートファルコン・キタサンブラックなど数多くの名馬に乗り続け、2022年には9年ぶりにダービー制覇を達成。

2021年の段階でJRA賞最多勝利騎手18回、最多勝率騎手11回、最多賞金獲得騎手16回の受賞に加え、勝利・勝率・賞金の3部門を制覇した騎手に送られるJRA騎手大賞を9回受賞、JRA通算GⅠ勝利数78勝など、数多くの記録を打ち立て現在も現役騎手として活躍中です。

最強ランキング2位・名手岡部幸雄騎手

岡部幸雄(引用元:https://prc.jp/jraracingviewer/contents/yushun/007.html)

ランキング2位は天才と呼ばれた初期の武豊騎手が西の天才に対し、東の名手として関東で長くリーディング騎手として活躍した岡部騎手です。
岡部騎手は1987年と1991年に騎手大賞を受賞し、57歳まで約40年近く現役騎手を努めた歴代最強の騎手の1人になります。

岡部騎手と言えば初期はシンボリルドルフの主戦騎手としても知られていますが、デビュー4年目の1971年にはアメリカ遠征を行い、以降も定期的にアメリカを訪れ海外の騎乗技術を積極的に取り入れるなど、現在の国内の騎乗技術の向上に貢献したとも言われています。

またシンボリルドルフに騎乗していた1984年には、同馬の騎乗機会を確保するため、当時は珍しいフリー騎手となり、また騎乗依頼の際にもエージェントを仲介するなど、フリー騎手やエージェント制を先駆けて行っていたことで知られています。

騎手としては1987年頃から勝率が上昇し、1989年に勝率2割を超えると1997年まで8年間勝率2割をキープしています。

その後は武豊騎手と熾烈なリーディング争いを繰り広げますが、この8年間のうち最多勝率騎手の多くは岡部騎手が獲得するなど、東の横綱として大きな存在感を示します。

騎手晩年でも2002年にはシンボリクリスエスで天皇賞秋を制覇し、中央競馬史上最高年齢でのGⅠ制覇を53歳で達成し、息の長い活躍を見せることになります。

2005年以降は自分の騎乗に違和感を覚え、イメージ通りに騎乗ができないということで56歳で騎手引退を決意し、多くの競馬ファンから惜しまれながらも2005年3月に現役を引退することになりました。

通算GⅠ勝利数はグレード制導入以降31回、2度の最優秀騎手賞と騎手大賞受賞、9回の関東リーディング・最多勝率騎手受賞など、岡部騎手は東の横綱騎手として申し分のない実績の持ち主です。

最強ランキング3位・日本最強の外人騎手Cルメール

ランキング3位は2015年に日本で騎手免許を取得し、当時同時取得が禁止されていたフランスの騎手免許を返上し、JRA所属の騎手となったフランス国籍の外国人ルメール騎手です。

日本国籍ではありませんが世界よりも日本国内での活躍が顕著なため、日本を代表する歴代最強の騎手の1人として今回紹介します。

2002年以降単騎免許制度を活用し、同じ外国人騎手であるデムーロ騎手と共に外国人騎手として活躍し、ハーツクライ・リトルアマポーラ・カネヒキリ・ウオッカ・ベルシャザールなどGⅠでも活躍します。

その中でも2005年のハーツクライの有馬記念制覇は、当時無敗の3冠馬ディープインパクトを負かしたレースとして、今でも多くの競馬ファンの記憶に残るところではないでしょうか。

しかしルメール騎手は短期免許時代よりも、日本で騎手免許を取得して以降の活躍の方が顕著であり、2015年以降に数多くの記録を更新することになります。

ルメール騎手が直近で更新した著名な記録
・年間史上最多勝利数(215勝)
・JRA年間最多GⅠ勝利数(8勝)
・JRA連続GⅠ制覇(4勝)

これらはいずれもルメール騎手が記録で、今後も簡単には更新されないであろう偉大な記録です。
また上述の通り武豊騎手が2005年に記録した、年間最多勝利数212勝の記録を2018年に更新しますが、この年のルメール騎手の活躍ぶりはすさまじく、JRA史上でも久しぶりにJRA騎手大賞の受賞となります。

JRA騎手大賞は勝利数・勝率・獲得賞金の3部門を、同年で独占した騎手にのみ与えられる賞であり、岡部騎手・武豊騎手に続く史上3人目の受賞という快挙を達成することになりました。

現在も現役のルメール騎手は2017年から2021年まで5年連続リーディング騎手に輝いており、今後も記録更新が楽しみな歴代最強の騎手の1人であり、馬券を買う上でルメール騎手の取拾選択は最も重要といっても過言ではないぐらい、競馬ファンに多くの注目を集める騎手の1人です。

最強ランキング4位・地方の先駆け安藤勝己

安藤勝己(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=iZsPfnaaAXo)

ランキング4位は歴代最強騎手の1人として、アンカツの相性で多くの競馬ファンから親しまれた安藤勝己騎手です。

現在は外国人騎手ブームですが、安藤騎手は2000年代初期に地方騎手ブームを巻き起こし、彼に続き岩田康成騎手や戸崎圭太騎手など、多くの地方競馬トップ騎手が中央へ移籍を果たします。

騎手の実力に加え地方騎手ブームを巻き起こした立役者という点から、今回は歴代最強騎手の1人として彼を紹介させていただきます。

1976年に笠松競馬場でデビューした安藤勝己騎手は、デビュー僅か3年目の1978年には116勝を上げ笠松リーディングに輝きます。

笠松競馬時代には国民的アイドルホースでもあるオグリキャップや、JRAから笠松移籍後に当時地方ダート界で王者として君臨し、過去にはイナリワンを負かしたこともあるフェイトノーザンなどに騎乗し、以降18年間笠松競馬場のトップ騎手として活躍します

また1995年には笠松競馬所属のライデンリーダーで、中央の桜花賞トライアル4歳牝馬特別(現フィリーズレビュー)を2着に3馬身半差をつけるレコード勝ちを収めたことで、安藤勝己騎手の名は一躍全国に広まることとなりました。

単勝1.7倍という圧倒的1番人気に指示された桜花賞を含め、ライデンリーダーは中央では活躍できずに引退しますが、笠松で王者に長く君臨し騎乗への情熱を失っていた安藤騎手は、再び騎手としての情熱を燃やすことになったと言われています。

その後も地方所属騎手ながら中央競馬のレースに積極的に騎乗するようになり、2003年には念願の中央騎手免許試験に合格、これ以降正式に中央騎手として騎乗することになります。

中央移籍以降はキングカメハメハ・ダイワメジャー・ダイワスカーレット、その他、数多くの名馬に騎乗し当時は武豊騎手に次ぐトップ騎手の1人として活躍を見せます。

安藤騎手が中央に移籍したこの時期は、長期海外遠征で海外にいることの多かった2001年を除き、9回連続でJRA騎手大賞を受賞していた武豊騎手の全盛期でもありました。

しかし安藤騎手は2007年に武豊騎手の成績を勝率で上回り最高勝率騎手を受賞することで、武騎手のJRA騎手大賞連続受賞の記録をストップさせることに成功します。

引退までの中央在籍期間である2003~2013年の10年間で、中央通算GⅠ勝利数22勝という偉大な記録に加え、2007年と2009年に記録した最高勝率騎手の2回のタイトル獲得、この2つが安藤騎手の大きな実績です。

また安藤騎手の最大の功績は地方のトップ騎手が移籍する流れを作った点にあります。
当時園田競馬場のトップ騎手であった岩田康成騎手や小牧太騎手、南関東トップ騎手の内田博幸騎手や戸崎圭太騎手など、多くの地方騎手が安藤騎手に続き地方の実績を武器に中央に移籍を果たします。

これは安藤騎手の活躍により地方騎手の「馬を追う力」が厩舎関係者からも注目されたからでもあり、後に彼の影響で多くの地方騎手が中央に積極参戦を行いますが、この流れを作った点は安藤騎手の偉大な功績です。

僅か10年という中央競馬の短い現役生活の中で、GⅠ勝利数22勝という歴代トップ10に入る実績に加え2度の最高勝率受賞、そして後の競馬会に大きな影響を与えた点を考慮すると、安藤騎手は歴代最強の騎手の1人といっても過言ではありません。

最強ランキング5位・元祖天才田原成貴

田原成貴(引用元:https://www.jra.go.jp/datafile/meikan/jretire/568.html)

ランキング5位として今回最後に紹介するのは、現役時代最も華のある騎手として知られていた田原成貴騎手です。

田原騎手といえばトウカイテイオーのラストランや、マヤノトップガンでの活躍などが競馬ファンにはよく知られていますが、彼の騎手人生はケガをする前の全盛期と、騎乗を控えた後半の2期に分かれます。

1978年にデビューした田原騎手は、デビュー2年目に64勝を上げ関西リーディングを獲得し、当時「天才」と呼ばれていた福永洋一騎手が落馬事故で騎手生命を絶たれたことで、福永騎手に変わる天才騎手として大きな注目を集めます。

1983年にはリードホーユーで有馬記念を制覇し全国リーディングに輝くと、1984年も2年連続で全国リーディングとなり、この2度のリーディング獲得が彼の全盛期と言われている時期です。

しかし1986年の落馬による負傷で腎臓・脾臓損傷という重傷を追い腎臓を摘出、さらに1990年の落馬により脊髄・骨盤骨折の影響で、騎乗数を大幅に制限するようになります。

後に田原騎手はこの時のことを振り返り「数多く勝つことよりも、馬乗りとしての自分を磨こうと考えるようになった」と語っていることから、ケガの影響が特定の馬で演出する華のある騎乗に繋がった形です。

1993年にはトウカイテイオーでの1年ぶりの休養明けによる有馬記念制覇や、マヤノトップガンでのナリタブライと接戦を演じた阪神大賞典、先行策から一変し最後方からの競馬で勝った天皇賞春など、その後は競馬ファンの記憶に残るレース運びを演じます。

他にもワンダーパヒュームやファイトガリバーの桜花賞制覇、僅か1㎝のハナ差を制したフラワーパークのスプリンターズステークスなど、ケガから復帰以降は大レースを中心に活躍し、デビュー通算GⅠ級勝利数16勝のうち1993年以降通算GⅠ勝利数9勝を上げることになります。

競馬ファンの印象はやはり「馬乗りとしての自分を磨こうと考えるようになった」という、ケガから復帰後の彼の騎乗が印象的ですが、華麗なレース運びだけでなく「競馬界の玉三郎」と呼ばれた彼の容姿や振る舞いも、多くの競馬ファンを魅力させた理由の1つです。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回紹介した内容では歴代最強の騎手としては物足りないと感じた人もいるかもしれません。

騎手の実力を評価する上では、勝利数・勝率・獲得賞金を同年で独占した騎手に与えられる、JRA騎手大賞の受賞が大きな目安になります。

この賞は現在のところ岡部騎手・武豊騎手・ルメール騎手の3人しか受賞していません。
ですからこの3人は実績面で誰もが認める歴代最強の騎手といえるのではないでしょうか。